大判例

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広島高等裁判所松江支部 昭和48年(ネ)28号 判決

控訴人

日本国有鉄道

右代表者

藤井松太郎

右訴訟代理人

真鍋薫

外五名

被控訴人

山田徳巳

外一三名

右被控訴人ら訴訟代理人

上條貞夫

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人は、本案前の主張として、本件戒告処分は単なる過去の法律事実であるから、その無効確認を求める本件訴は不適法として却下されるべきである、と主張する。

しかし、過去の法律事実ないし法律関係の効力ないし存否の確認を求める訴が原則として許されないのは、これらから派生する現在の法律関係の存否を確認するのが現在の紛争解決のためにより直截的であるため、訴の利益がないのが通常であることによるのであるから、その効力ないし存否を確認するのが現在の紛争解決のために最も有効適切でありかつ必要であると認められる場合には、過去の法律事実ないし法律関係の効力ないし存否の確認を求める訴も確認の利益があるものとして適法と解すべきである(最高裁昭和四四年(オ)第七一九号同四七年一一月九日第一小法廷判決・民集二六巻九号一五一三頁、札幌高裁昭和四七年(ネ)第一六七号同四八年五月二九日民事第二部判決・判例時報七〇六号六頁等参照)。

ところで、〈証拠〉によれば、控訴人と国労との間の協定により、懲戒を受けた職員につき一定の不利益を帰せしめることが定められており、戒告処分を受けた職員に対しては、当該年度の昇給に際して定められた限度において昇給延伸の措置がとられること、被控訴人らは右の昇給延伸により基本給およびこれに関連する諸手当等の付帯賃金について不利益を受け、これによる不利な状態は被控訴人らが控訴人の職員である間続く蓋然性が高いこと等の事実が明らかである。このように本件戒告処分は、被控訴人らの雇用契約上の重要な権利関係に必然的な派生的効果を及ぼすことが認められる。

右のような本件戒告処分の性質およびこれから生ずる派生的効果に鑑みれば、被控訴人らとしては、本件戒告処分によつて生ずる不利益を一挙に抜本的に取り除くため、その無効確認を求める必要があり、控訴人と被控訴人らとの間において本件戒告処分の有効無効を確認訴訟において公権的に決しておくことは、当事者間に現在および将来発生することの予想される紛争を抜本的に解決するために極めて有効適切な方法であるといわなければならない。したがつて、本件戒告処分無効確認の訴はその利益があり、適法なものと解すべきである。この点に関する控訴人の主張は理由がない。

二以下本案について判断するに、まず被控訴人らが原判決別紙原告目録記載のとおり控訴人の米子鉄道管理局管内の各職場に勤務する職員であること、被控訴人両見、山田要、原、小村、田村、山田幸稔および小笠原の七名を除く被控訴人らが、国労に加入し、その米子地方本部浜田支部浜田駅連区分会に所属していること、控訴人の総裁が国鉄法三一条に基づいて被控訴人らに対してその主張のとおり各戒告処分をしたことは、いずれも当事者間に争いがなく、右被控訴人両見ら七名が国労に加入し、浜田駅連区分会に所属していることは、〈証拠〉ならびに弁論の全趣旨によつて明らかである。

三控訴人は、本件各処分は公法上の処分として明白かつ重大な瑕疵があるときに限り無効と解すべきであるのに、被控訴人らは右の瑕疵について具体的に主張していないから、本件各請求は失当であると主張する。

しかし、控訴人がその主張するように高度の公共性を有する公法上の法人であるということから、ただちに控訴人に関するすべての法律関係が公法的規律に服する公法上の関係であるとはなしえないのであつて、控訴人が経営する鉄道事業等が経済的活動を内容とし、その活動は公権力の行使たる性格を有せず、しかも控訴人が国家行政機関から完全に分離した独立法人であつて、国家機関による種種の規制も監督的、後見的なものと認められることに鑑みると、一般的に控訴人またはその機関が行政庁たる性格を有し、その行為が行政処分ないしそれに準ずる性格を有するものと解することはできず、かえつてその行為は原則的には私法上の行為たる性格を有するものと考えるのが相当である、もとより控訴人は高度の公共性を有する公法上の法人であるから、一般の私企業と全く同一の地位に立つものではなく、したがつて実定法規によつて特に上告人に関する個々の特定の法律関係につき公法的規律に服するものとし、更に控訴人またはその機関を行政庁に準ずるものとして取り扱い、その行為を行政処分に準ずる性格を有するものとすることが許される場合がないわけではない。しかし、右の趣旨を示すものと認められる実定法規が存しない限り、控訴人に関する法律関係がすべて公法上の規律に服するものであるとか、控訴人またはその機関の行為が行政処分に準ずる性格を有するものであるということはできない。しかも、ある法律関係が公法的規律に服するものであるとしてもそこから派生する行為には私法上の行為たる性格を有するものもありうるのであつて、当然にそのすべてが行政処分たる性格を有するものと断ずることはできない。

以上に述べたところは国鉄法三一条に基づき控訴人の総裁がその職員に対してする懲戒処分の性格を判断するに当たつてもそのまま妥当するところ、右懲戒処分につき実定法規が特にこれを行政処分たる性格を有するものとしていると認めることはできない。そのほか控訴人は右懲戒処分の行政処分であるとする論拠についてるる主張するが、いずれもこれを採用することはできない(最高裁昭和四五年(オ)第一一九六号同四九年二月二八日第一小法廷判決・民集二八巻一号六六頁参照)。

そうすると、国鉄法三一条に基づく本件戒告処分は、公法的規律に服する行政処分たる性格を有するものとは認められず、私法上の行為たる性格を有するものと考えられるから、それが適法であれば、その瑕疵が重大かつ明白であるかどうかにかかわらず、当然にその効力を有しないものといわなければならない。したがつて、この点に関する控訴人の前記主張も採用し難い。

四そこで本件各処分の対象となつた被控訴人らの行為の存否について判断するに、原判決の理由中、この点に関する原判決二八枚目裏五行目から三六枚目表末行までの部分は次のとおり変更するほか当裁判所の判断と同一であるからここに引用する。

(一)  原判決三〇枚目裏八行目「成立に争いのない」から同三一枚目表六行目までを次のとおり変更する。

〈証拠〉によれば、被控訴人らが貼付したビラの枚数は控訴人主張のとおりであること、浜田駅助役野坂正男は、貨物室においてビラを貼り始めた被控訴人山田徳巳に対し「そこに貼つてもらつてはやれんがなあ。」と言つて、軽く制止したことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  原判決三四枚目表五行目の「成立に争いのない」から同裏三行目までを次のとおり変更する。

〈証拠〉によれば、被控訴人両見は、同内田とともに同駅事務室に入つてビラ貼りを始めたので、右田助役は「ビラ貼りはやめてくれ。」と言つて制止したが、被控訴人両見は「助役さんがいくら止めても貼る。はいだらまた貼りに来る。」などと言いながらビラ貼りを続行したことが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

五進んで本件各戒告処分の適否について判断する。

(一)  〈証拠〉によれば、昭和四五年当時控訴人の職員に適用のある国鉄就業規則六六条に懲戒該当行為として、その三号に「上司の命令に服従しないとき」と、同条一七号に「その他著しく不都合な行いのあつたとき」とそれぞれ定められていることが認められ、また右就業規則が国鉄法三一条一項一号にいわゆる国鉄が定める業務上の規定に該当することは明らかである。

(二)  〈証拠〉によれば、被控訴人らがビラを貼付したロッカーは、各駅の備品として控訴人の物的施設の一部を構成し、控訴人が各個の職員に対し出勤時には私服類を、退勤時には作業服類を格納するという利用目的の範囲内でその利用に供しているもので、各駅長が管理しているものであり、〈証拠〉によれば、控訴人はその管理する施設に許可なく文字等を掲示することを禁じ(国鉄文一七八号通達)、組合に対しては掲示板の設置は認めるが、それ以外の場所に組合の文書を掲示することを禁じている(労働関係事務取扱規程一七条)ことが明らかである。したがつて、所定の掲示板以外の場所であるロッカーに被控訴人らが管理者の許可なくビラを貼付することは、原則として、右通達に違反し、控訴人の施設管理権を侵害するもので、かつ職場規律を乱すものであることは否定しえない。

(三)  しかし、〈証拠〉を総合すると、浜田駅連合区内の名駅およびその周辺駅におけるロッカーへのビラ貼りの慣行ならびに被控訴人らが本件ロッカーへのビラ貼りをなすに至つた経緯等について、次のような事実が認められる。

認定事実の内容は、次のとおり付加するほか、原判決三八枚目表五行目から四一枚目裏五行目までと同じであるから、ここにこれを引用する。

(1)  控訴人の組織として浜田駅連合区は米子鉄道管理局管内の浜田駅および同駅周辺の駅連合区であつて、その区長には浜田駅長が充てられており、右駅連合区に対応する国労の組織としては浜田駅連区分会があつて、右分会は米子鉄道管理局に対応する国労米子地方本部の浜田支部に属しており、同支部は山陰本線仁方駅から岡見駅までと三江北線の全線各駅に勤務する職員が加入しているが、同支部に対応する控訴人の組織はないところ、本件ビラ貼り現場は江津および浜原の両駅を除きすべての浜田駅連合区内に属し、右両駅は同駅連合区には属さないがその近くにあつて、国労の組織からいえばその浜田支部に属していること

(2)  本件ロッカーに貼られたビラは国労本部または米子地方本部において印刷作成された、国鉄労働者の要求をまとめて表現したもので、被控訴人らはすべて国労の上部組織の指令に基づいて本件ビラ貼りを実行したものであること、

(3)  現協(前記引用部分参照)は、昭和四三年七月頃公労協の仲介により控訴人本社と国労本部との間で合意成立した現場協議に関する協約に基づいて、控訴人の現場長と国労の分会長とが当該現場の労働条件に関する事項について協議して協定することができるものとされたことに基づいて開催されるようになつたものであること

(4)  昭和四五年二月二四日開催の現協において当局側は、ビラ貼りに関する労使慣行は守つて行くが、ビラの撤去について組合側も話合いに応じてもらいたいと申し入れ、これにつき改めて具体的な提案をまつて検討することを組合側も了承したこと、

以上のような事実が認められ〈証拠判断省略〉。

(四)  右認定の事実によれば、浜田、下府、西浜田、三保、三隅、江津、浜原の各駅において、国鉄備付のロッカーへのビラ貼りは、昭和四〇年頃から日常の組合活動として行なわれており、控訴人側においても少なくとも同四五年三月二四日頃までは右の慣行を事実上容認していたのみならず、特に浜田駅連合区の現場協議においては昭和四四年一〇月七日右の慣行を尊重すべく文書によつて合意確認し、更に控訴人側に右協議に反する事実があつたため同年一二月九日これを再確認していることが明らかである。また、昭和四五年四月一四日の山田分会長の森脇駅長に対する前記の発言は、原審における被控訴人山田徳巳本人尋問中に、その際従来の労使慣行を破棄すると言つたのは、超勤について事後承認でもよいとする三六協定に関するもの等破棄すれば控訴人側が困ることになるような口頭で合意協定されている労使慣行を破棄するという趣旨で言つたものである旨述べていること、右発言後ビラ貼り関係のほか労使慣行について特に変更があつたと認むべき証拠がないこと、山田分会長の右発言は浜田駅連合区の現協はもとより分会執行部の協議にかけられた形跡もなく、口頭でなされたものであること、その他右発言の前後の状況、経緯に徴すると、当局の態度によつては組合としても破棄されれば控訴人側が困るような口頭によつて合意されている諸慣行を破棄することもあるべき旨を、その場の行きがかり上分会長である山田徳巳個人の立場から警告の意味で述べたものと解されるのであつて、控訴人が主張するように組合にとつて重要なビラ貼りに関する慣行を破棄する旨の意思表示と解することはできない(もつとも原審証人森脇正雄の証言によると、山田分会長は、右発言の直後、福本某が従前の労使慣行に従つて休憩時間中にもかかわらず就労させられていることについて、抗議するため森脇駅長の所へ来たことがあり、また、時間外勤務について従前の慣行どおり実施している控訴人側に対し、組合側からしばしば抗議していることが認められる。しかし、右の抗議というのも同証言によれば、労使慣行を破棄すれば控訴人側が困るのではないか言つて来たともいうのであつて、必ずしも破棄の通告を盾にして従前の慣行に従わないという趣旨でないことは明らかであるから、右森脇の証言部分も山田発言の趣旨を以上のように解することの妨げとなるものではない。)。したがつて、現協において文書でなされた期限の定めのない申し合わせが組合分会長の一方的な口頭の通告によつて有効に破棄されることがありうるとしても、前記のような分会長の発言によつて本件ビラ貼りの慣行に関する申し合わせが有効に破棄されたものと解することはできないのである。それにもかかわらず控訴人側は、かねてロッカーへのビラ貼りを悪しき慣行としてこれを改めたいと腐心していたところから、山田発言の真意を確かめようとせず、むしろこれを奇貨として、ビラ貼りの慣行のみが破棄されたものと曲解し、その翌日からロッカーに貼られていたビラを一方的にはぎ始め、その後の現協においてもこの見解を固執していたものである。本件の現協における申し合わせの内容は、前記のとおり控訴人の労働関係事務取扱基準規程に反するものであり、また、労働条件に関する事項ではないので本来現協の付議事項たり得るものでもなく、駅連合区長や駅長、助役には組合側と本件のような協定を結ぶ権限は付与されていないものと解され、したがつて右申し合わせは法的な拘束力を有せず、単なる相互的な意思確認として事実上の効果を有するに過ぎないものというべく、一方、右申し合わせによつて確認されいるロッカー等のビラ貼りの慣行も、その存在自体がただちにビラ貼りを適法ならしめる根拠となるものではない。しかしながら、他方において前記のとおり駅長はロッカーを含む調度品を保管する責務を負つているものであり、このような職責を有し、また駅員を監督すべき立場にある駅長らが組合側に対し前記のような慣行を承認する旨の文書を作成し、その後もくり返しその趣旨を確認したことにより、組合側がロッカーに対するビラ貼りが適法化される根拠を得たものと信じたとしても、あながち責められないものといわなければならない。かかる事情の下で、当局側がビラ貼りの問題に対処するにあたつて、かねてから組合側に慣行再検討のための協議を申し入れておきながら、たまたま山田分会長の発言があつたのに乗じて前記のような態度に出たことはいたずらに組合側を刺激するものといわなければならず、組合側としてこれに対抗して従来の慣行を守るためロッカーへのビラ貼りを実施する必要を感じたことには無理からぬ点もあると認められる。そのほか、本件ビラ貼りは、前記のとおり控訴人の職員に一定の目的の範囲内ではあるが使用を許されたロッカーになされたものであつて、駅のホーム、待合室その他乗客の目に触れ易い場所とは異なり、本件ビラ貼りが直接その効用を害したとか、業務を阻害したものではなく、ビラの内容も前記のとおりであり、国労組合員が組合の指令に基づいてその勤務時間外に、前記の態様でなしたものである。以上の諸事情を考えると、本件ビラ貼りは、浜田駅連合区に属する浜田、下府、西浜田、三保、三隅の各駅はもとより同駅連合区に属さない江津、浜原の各駅においてなされたものも、これを正当な組合活動の範囲内の行為であつたと断ずるまでには至らないにせよ、国鉄就業規則六六条一七号にいう「著しく不都合な行い」に該当するものではないと認めるのが相当である。もつともビラの枚数が異常に多かつたことは明らかであるが、前記の諸事情に照らせば、これをもつて右の判断を左右するに足りない。

(五)  結局本件ビラ貼り行為は国鉄就業規則六六条一七号に該当するものと認めることはできないし、また、前記のようなビラ貼り行為の行なわれた背景に照らせば、その際被控訴人らが上司あるいは管理者の制止を聞き容れず、前記認定程度の反論をするなどの態度を示したことをもつて、同規則六六条三号、一七号に該当するとは解し難く、結局被控訴人らの行為は国鉄法三一条一号所定の事由には該当しないことが明らかである。

なお、よせ書きのつり下げについては、被控訴人らに本件処分が告知された際に交付された処分理由書に記載されていなかつたことが弁論の全趣旨によつて認められるところ、これを本件訴訟において処分事由として主張することが許されるとしても、付随的な事由にしか過ぎないものと解されるのであつて、主たる事由であるビラ貼り行為や上司あるいは管理者の制止に従わなかつたことが前記のとおり国鉄就業規則六六条三号、一七号に該当しない以上、右よせ書つり下げの点のみをとらえて本件戒告処分を正当化するに足りる程度に著しく不都合な行為とみるのは相当でない。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の総裁が被控訴人らに対し国鉄法三一条一号に基づいてした本件戒告処分はいずれもその処分事由を欠き、無効なものといわなければならない。

六よつて、被控訴人らの請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(干場義秋 加茂紀久男 小川英明)

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